激動の60年代、70年代――。映画が世界の中心だった!
あの頃、時代は刻一刻と変わっていた。
キューバ、ケネディ、ビートルズ、ベトナム、安田講堂、月面着陸、ハイジャック、沖縄、オイルショック、セックス、ドラッグ、ロックンロール……。
携帯電話もパソコンもない世界で、変革の熱気や反抗の匂いは映画と音楽を通じて人々に伝えられた。
あの時代、自由の国アメリカに憧れ、映画館の暗闇の中で夢を見ようと思っていたはずの観客は、どうしようもない現実をつきつけられていた。
体制に正面から激突し、堂々と敗れ去っていく若者たち、カウボーイ、刑事、革命家……。
やるせなく、ささくれた気分になりながら、それでも観客は幸せだった。
スクリーンの中には、同じ人間がいた。自分と同じように、不満と不安と希望にあふれた若者たちが。ただ、彼らには自由があった。
銃を握り、ギターを弾き、車のアクセルを力いっぱい踏みつける自由が……。
重要なのは、結果ではなく、動き出すこと。時代が動いていた。
明日にはきっと輝かしい未来がやってくる……。
テレビの普及に押されて映画界が自信を失いつつあった1960年代後半、アメリカ映画は若者の意見を聞くようになる。
そうでないと若者が映画館へ来てくれないのだから深刻だ。
結果、映画会社が押し付けた企画ではなく、若者たち自身が見たい映画、作りたい映画に、わずかばかりの予算を与えた。そうして生まれたのがアメリカン・ニューシネマだ。
少し前、アメリカ製のギャング映画とジャズに影響を受け、フランスで誕生したヌーベルバーグがアメリカへ押し寄せていた。
先祖返りかもしれない。
当初フランソワ・トリュフォーが監督するはずだった『俺たちに明日はない』はアーサー・ペンによってバイオレンス映画の名作となった。同じ頃、ポール・ニューマンは『暴力脱獄』で何度捕まっても不敵に笑い続ける男を演じ、自由な魂の存在を観客に見せつけた。その映画に端役で出ていたデニス・ホッパーは、名優の息子である反逆児ピーター・フォンダと組んで『イージー・ライダー』を生み出した。
ロックの名曲を旅の友に、西部劇の舞台を馬の代わりに鋼鉄のモーターバイクで疾走する映画だ。
ポール・ニューマンはロバート・レッドフォードと共に、西部開拓時代の終わりにアメリカを捨ててボリビアへ渡っていく最後の列車強盗を『明日に向って撃て!』で演じた。
『イージー・ライダー』の2人組も続いて西部劇を監督する。
ピーター・フォンダは『さすらいのカウボーイ』を、デニス・ホッパーはペルーで西部劇を製作するアメリカ人を描いた『ラストムービー』だ。
どれも、アメリカ映画の夢の象徴であった西部劇の世界が現実とはまったく違うことを示そうとしていた。
アクション映画の主役がもはや西部劇の馬ではなく、唸りを上げる大排気量のスポーツカーだと気づいたスターがいた。
スティーブ・マックィーンがサンフランシスコの町を爆走した『ブリット』以後『フレンチ・コネクション』『ダーティハリー』と続いた、悪と対決しながらも旧態依然とした組織に反抗する「一匹狼の刑事=現代の保安官」の姿は反体制派の若者にも受け入れられた。
そんな頃、ロバート・アルトマンは反戦ブラックコメディ『M★A★S★H』を映画会社の人間に知られないようにスタジオを飛び出し砂漠の真ん中で撮影した。
同時に、汚れきった街を捜査する刑事や、夢が消えた西部を旅するカウボーイたちと共に、撮影用カメラもスタジオから外へ出ていた。
オールロケによるリアルなアメリカの姿がスクリーンの中に息づいた。
マスタングやダッジのバンパーにくくりつけられたカメラは全速力の疾走を臨場感たっぷりにフィルムに刻んだ。
『バニシング・ポイント』『ダーティ・メリー クレイジー・ラリー』『断絶』……
「スピードこそ魂の自由の象徴だ」と主張する若者たちの叫びが爆音を立てて唸りを上げていた。
激動の60年代、70年代。アメリカ映画は、馬をバイクや車に乗り換え撮影スタジオを飛び出し、正面から社会とぶつかっていった。
あの頃の、命知らずの熱気、無遠慮な興奮、無垢な勇気、大胆な決意をもう一度全身で感じてみたい。21世紀の今、映画館の暗闇では叶わなくともDVDならば、時代を共に疾走した名作たちと大画面で再会できるのだ。
作品と共にあの頃の日本を振り返る!
| 1960〜68年 |
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●1963年 ケネディ大統領暗殺 |
| 1969(昭和44年) |
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●アポロ11号月面着陸 |
| 1970(昭和45年) |
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●大阪で万博開催 |
| 1971(昭和46年) |
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●新成田空港反対闘争 |
| 1972(昭和47年)1973(昭和48年) |
●沖縄返還 |
| 1974(昭和49年) |
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サンダーボルト
●ユリ・ゲラー来日「念力スプーン曲げ」で空前の超能力ブーム |
| 1975(昭和50年) |
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●ベトナム戦争終結 |
| 1976(昭和51年)1977(昭和52年) |
●五つ子誕生 |