• スティーブ・マーティン (Steve Martin)

    1945年、アメリカ・テキサス州出身。
    本名はStephen Glenn Martin。5歳の時にディズニー・ランドの近くに移住し、ショーを見て過ごす内にショー・ビジネスの世界に憧れを抱くようになる。その後ディズニー・ランドで働きながらマジック・ショーなどに出演。大学で哲学を学ぶも3年で中退。UCLAで脚本を専攻しながらナイトクラブに出演し始める。TVの脚本で69年にエミー賞を受賞したがその後、ソニー&シェールなどのTVショーやクラブ、カーペンターズの前説などを経験。やがて「サタデー・ナイト・ライブ」で大きな反響を得てからは映画にも出演作を重ね、『リトルショップ・オブ・ホラーズ』(86)ではサディスティックな歯科医を強烈な印象を残した。また77年とその翌年にはグラミーのコメディ・レコード部門賞を受賞している。
    2010年3月、マーティンはアレック・ボールドウィンと共に第82回アカデミー賞授賞式の司会をした。マーティンがこの一流のショーの司会を務めるのは3回目だった。彼は、エミー賞ヴァラエティ・音楽・コメディスペシャル部門の脚本部門で、ノミネーションされてもいる。またミュージシャンとして、2010年1月31日、バンジョーアルバム、『The Crow/ New Songs For The Five-String Banjo』でグラミー賞ブルーグラス・アルバム最高賞を受賞した。その他の主な出演作には、『スティーブ・マーティンの四つ数えろ』(82)、『サボテン・ブラザーズ』(86)、『ペテン師とサギ師/だまされてリビエラ』(88)、『バックマン家の人々』(89)、『花嫁のパパ』(91)、『ピンクパンサー』(06)、『恋するベーカリー』(09)などがある。


  • ブライアン・デネヒー

    1938年、アメリカ・コネティカット州ブリッジポート出身。
    『ミスター・グッドバーを探して』(77)の外科医役で映画デビュー。『ランボー』(82)で主人公を執拗に追う保安官で一躍注目された以降は、『ネバー・クライ・ウルフ』(83)や『シルバラード』(85)で不敵な悪役で本領を発揮。一方『コクーン』(85)で演じた謎の研究員や『F/X 引き裂かれたトリック』(86)のベテラン刑事など、頼りになるタフガイ役も多い。その他の主な出演作に、『推定無罪』(90)、バズ・ラーマン監督の『ロミオ+ジュリエット』(96)、『夏休みのレモネード 』(02)、『レミーのおいしいレストラン 』(07※声優) ポール・ハギス監督『スリー・デイズ』(10)など。


  • アンジェリカ・ヒューストン

    1951年、アメリカ・カリフォルニア州サンタモニカ出身。
    祖父は俳優のウォルター・ヒューストン、父は偉大なジョン・ヒューストン監督。69年、無理やり父が出演させた『愛と死の果てるまで』(69)で映画デビュー。翌年母の死をきっかけにNYに渡り、モデルとして活動し始める。その後本格的に演技を学び幾つかの作品で実力を付ける。85年、父が監督の『女と男の名誉』(85)でアカデミー助演女優賞などを受賞。以降、シリアス・ドラマから詐欺師、魔女、お化け一家の母など、さまざまな役柄を演じられる女優となった。
    その他の主な出演作に、『郵便配達は二度ベルを鳴らす』(81)、『ウディ・アレンの重罪と軽罪』(89)、『グリフターズ/詐欺師たち』(90)、『アダムス・ファミリー』(91)、『マンハッタン殺人ミステリー』(93)、『バッファロー'66』(98)、『ザ・ロイヤル・テネンバウムズ』(01)、『ライフ・アクアティック』(05)、『50/50 フィフティ・フィフティ』(11)など。


  • ダイアン・ウィースト

    1948年、アメリカ・ミズーリ州出身。
    メリーランド大学カレッジパーク校卒業後に劇団に参加し、ブロードウェイやオフ・ブロードウェイで活動する。1980年に映画デビュー。ウディ・アレン作品映画のうち『ハンナとその姉妹』(86)と『ブロードウェイと銃弾』(94)でアカデミー助演女優賞を2回受賞する。またスティーブ・マーティンとも共演した『バックマン家の人々』(89)でもアカデミー賞にノミネートされた。その他の出演作には、『カイロの紫のバラ』(85)、『ラジオ・デイズ』(87)、『シザーハンズ』(90)、『バードケージ』(96)、『脳内ニューヨーク』(08)、『ラビット・ホール』(10)などがある。またHBOのシリーズ番組「In Treatment」に出演し、同作でエミー賞を受賞している。


  • ジョベス・ウィリアムズ

    1948年、アメリカ・テキサス州ヒューストン出身。
    ブラウン大学卒業後、ボストンやテキサスの舞台に立ち、オフ・ブロードウェイに進出。その後TVを経て79年に『クレイマー、クレイマー』(79)で映画デビュー。『戦争の犬たち』(80)を経て代表作となった『ポルターガイスト』(82)の母親役で一躍有名になった。その他の出演作には、『りんご白書』(84)、刑事ジョー/ママにお手あげ』(92)、『ワイアット・アープ』(94)、『ジャングル2ジャングル』(97)など。


  • ラシダ・ジョーンズ

    1976年、カリフォルニア州・ロサンゼルス出身。
    父親はミュージシャンのクインシー・ジョーンズ、母親は女優のペギー・リプトン。1997年テレビミニシリーズ『The Last Don』で女優デビュー。2000年放送の『ボストン・パブリック』で注目を集めた。女優のほか、ミュージシャンやモデルとしても活躍。主な出演作には、ケヴィン・スミス監督のコメディ映画『コップ・アウト 刑事(デカ)した奴ら』(10)、デヴィッド・フィンチャー監督の『ソーシャル・ネットワーク』(10)など。


  • ロザムンド・パイク

    1979年、イギリス・ロンドン出身。
    オックスフォード大学で英文学を学び、優秀な成績で卒業している。大学在学中にアーサー・ミラーやシェイクスピアなどの舞台やTVで活動、学生時代に来日しており大阪府吹田市にあるメイシアターで芝居の公演を行う。2002年にはハル・ベリーと共にボンドガールに選ばれた。2009年にはロンドンで上演された三島由紀夫の戯曲『サド侯爵夫人』で主演を務めた。主な出演作は、『007 ダイ・アナザー・デイ』(02)、『プライドと偏見』(05)、『17歳の肖像』(09)、『サロゲート』(09)、『ジョニー・イングリッシュ 気休めの報酬』(11)、『タイタンの逆襲』(12)など。



  •  Staff


  • 監督:デイビッド・フランケル

    1959年、アメリカ・ニューヨーク出身。
    父親はピューリッツァー賞受賞のジャーナリスト、マックス・フランケル。 1996年にフランケルは、脚本と監督を担当した『Dear Diary』でアカデミー賞短編映画賞を受賞。 その後、テレビの脚本・演出・制作も多く手がけ、HBOのコメディ「アントラージュ★オレたちのハリウッド」(04)のパイロット版演出でエミー賞にノミネート。 さらに、同じくHBOの第二次世界大戦を描いた大河ドラマ「バンド・オブ・ブラザース」で第54回プライムタイム・エミー賞監督賞を受賞。 映画では、メリル・ストリープとアン・ハサウェイ主演の『プラダを着た悪魔』(08)や、オーウェン・ウィルソンとジェニファー・アニストン主演の『マーリー 世界一おバカな犬が教えてくれたこと』(08)で、批評家にも受けのいい大ヒット作を連発。 映画監督・プロデューサー・脚本家として幅広く活躍中の、今最も旬な職人監督の1人である。


  • 製作総指揮:ベン・スティラー

    1965年、アメリカ・ニューヨーク市ブルックリン出身。
    俳優・映画監督・脚本家。父親は俳優のジェリー・スティラー、母親は女優のアン・メアラ。 両親ともにコメディ俳優であり、姉のエイミーも女優という一家に育つ。 10歳の頃から映画を撮り始め、カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)を退学した後、ブロードウェイで役を掴みデビュー。 その後、パロディ短編が「サタデー・ナイト・ライブ」で放映されたのをきっかけに同ショーに出演するようになる。90年代の始めには、MTVで「ザ・ベン・スティラー・ショー」を持っていた。 監督・出演した『リアリティ・バイツ』(94)では、ジェネレーションX世代の現実を描いた作品として高評価を得たが、その後は俳優・監督の両方とも、コメディに軸足を置いた活動を行っている。子どもの頃から『スタートレック』の大ファンで、1996年の『スタートレック』30周年祝賀式典では自分から頼んで出演しスピーチした。『 メリーに首ったけ』(98)と『ミート・ザ・ペアレンツ』(00)の大成功により、アメリカは元より日本でも人気スターとなる。 2008年1 1月、自身が監督を務めた『トロピック・サンダー/史上最低の作戦』のプロモーションで8年ぶりの来日。 なお、オーウェン・ウィルソンとは公私ともに仲が良く、スティラーが監督した『ズーランダー』(01)やウィルソンが脚本を担当した『ザ・ロイヤル・テネンバウムズ』(01)、その他にも『ナイトミュージアム』(06)などの作品で共演している。 また、ふたりが共演した作品はいずれも成功を収めている。


  • 原作:マーク・オブマシック

    ジャーナリスト、「デンバーポスト」紙在職中に、コロンバイン高校銃乱射事件の記事でリードライターとして、2000年度ピューリッツァー賞を受賞。環境問題に関する報道では、2003年アメリカ記者クラブ賞を受賞。フリーになってからは「アウトサイド」誌や、ラジオ、テレビの報道番組にも数多く出演。熱心な探鳥家でもあり、現在は妻と二人の息子とともにデンバー在住。なお、本作の原作本は「ザ・ビッグイヤー 世界最大のバードウォッチング競技会に挑む男と鳥の狂詩曲(ラプソディー)」(朝倉和子・訳/アスペクト)として日本でも刊行されている。