キミは日本語吹替の魅力を知っているか?実力派声優が魅せる【吹替】の真実を堪能せよ!

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INTERVIEW #51

 「吹替えの帝王」第11弾は、アクション映画の歴史を変えた大ヒット・シリーズの第5弾、『ダイ・ハード/ラスト・デイ』。シリーズ初のアメリカ国外、ロシア・モスクワを舞台に、“世界一ツイてない男”ジョン・マクレーンが、同じ“不運”のDNAを持つ息子とタッグ組み、巨大な陰謀に立ち向かうという異色作だ。これまでのソフトには、野沢那智の持ち役を引き継ぐことが多い中村秀利がキャスティングされた「劇場公開版」のみしか収録されてこなかったが、本BOXでは、ファン待望の樋浦勉によるブルース・ウィリスの吹替バージョンの新規録音を敢行。これでシリーズ全作の「樋浦バージョン」が揃った形だ。今回のスペシャル・インタビューは、“史上最もジョン・マクレーンを演じた男”樋浦 勉が『ダイ・ハード』を語る。

●子供の頃の記憶と少年時代「早く大人になりたいと思っていた」


――生年・出身地・出身校を教えてください。
 東京生まれ。戦争中に生まれまして、昭和18年(1943年)ですね。当時はまだ混乱していて、父が台湾から引き揚げてくるまで田舎の新潟に疎開していたんですが、赤ん坊だからあまりよく覚えてません。終戦後1年くらいして、(台湾の)台北から帰ってきたんです。最後の最後に船に乗って、はしけ(本船と波止場の間を行き来して乗客・貨物を運ぶ小舟)が怖くて降りられなかった。泣いていたら、どこかのおじさんが抱えて降ろしてくれた。その頃から記憶がありますね。3歳になるちょっと前くらいかもしれないです。
──終戦の記憶はどのようなものだったのでしょうか?
 田舎でしたから、終戦らしい記憶はないですね。ないですけれども腹が減って物がない……貧乏な家ではなかったと思いますけれども、父が帰ってくるまでは祖母の家にいました。封建的な地域でしたから、嫁はお女中さんよりも下に見られているみたいな感じで、母は苦労したらしいです。
──東京のどちらだったんですか?
 札幌に越してから父が東京に転勤になり、吉祥寺に住んだんです。その後も越してますが、物心がついて東京人になったと思ったのは、玉川学園という中学校で寄宿舎に入ってからですね。
──子供の頃は転々と引越しをされていたようですが、その体験がご自身の人格形成に影響があったのでしょうか。
 あったかもしれないです。まあ、中学校1年からひとりで寄宿舎に入っていたことの方が、引越しよりも精神的には大きかったですね。当時は早く大人になりたいと誰しもが思っていたんですよ。「ガキっぽいのは嫌だ」「早くヒゲが生えてほしい」という感じでしたから、背伸びしてたんじゃないですかね。中学でガラッと変わりました。

●演劇は中学時代から。俳優座養成所を経て、劇団自由劇場を立ち上げることに

──どんな中学生時代だったんでしょうか?
 玉川学園は演劇が盛んでしたから、中学生から演劇部に入りました。部員には大学生までいますから、移動演劇なんかもやるわけです。トラックなんかに乗っていって、暗幕を張って、『泣いた赤鬼』とかを上演していました。
──玉川学園の演劇部が、お芝居の最初ですか?
 まだ芸術学部ができる前ですからね。指導者はその後、芸術学部の部長、玉川大学の名誉教授になられた方で、もう亡くなられましたが、岡田陽さんという立派な方でした。
──どうして、演劇部を選ばれたんでしょうか?
 演劇というのは、お絵描きしたり、おママゴトしたりというように、本能的に人間の中にあるんですよね。憑依するというのかな、遊びみたいな感じで。入ってみて、好きで続けたわけですけれど、ただ、その後は悲惨でしたね。勉強なんかしやしない。そんな感じで大学1年生になりました。大学でも演劇ばかりやって、このままじゃロクな人間になれないと感じまして、本気で演劇をやってみようかと俳優座の養成所を受けました。そしたら、運良く受かりまして。
──周りには、演劇部に入ってもちゃんと卒業して、就職されたお友だちはたくさんいらっしゃったんでしょうか?
 そうですね。でも、みんな俳優になりましたよ。もう亡くなられましたが、井上孝雄さん(演劇を中心にテレビドラマ、映画、吹替えで幅広く活躍。『アラビアのロレンス』ピーター・オトゥール、『ジャイアンツ』ロック・ハドソンのフィックス声優として知られる)。それに田中信夫さん(ヴィック・モロー、シドニー・ポワティエ、バート・レイノルズのフィックス声優)と一緒にお芝居をしてました。将来どうするか考えてはいましたけれど、先が見えない状態で(笑)。
──俳優座に入れたといっても、すぐに食べられるわけじゃありませんものね。
 苦学生もいたけど、自分はそうではなかったので……大学を出る22歳くらいまでは、親が面倒をみて当然と、生意気にも思ってたんです。だからバイトはしない。ただし、貧乏生活は当たり前、キリッキリでした。そんな生活をしていましたが、卒業したら何とか仕事が来たんです。だから「もう仕送りは送りません」と母に言われて。それから2年くらいしてからかな、黒テント(六月劇場(津野海太郎ら)、自由劇場(佐藤信ら)、発見の会(瓜生良介ら)が1968年に共同で創設した「演劇センター68」の流れをくむ、黒いテントで旅公演を行う演劇集団)を始めたらまだ悲惨になりだして(笑)。
──俳優座に入られるよりも。自由劇場を作られる方が先だったんですよね?
 僕は俳優座養成所の14期なのですが、13期、14期、15期は派手だったんです。14期が派手だったのは、後に自由劇場を立ち上げる面々がいたからですね。仲間内に佐藤信(演出家)や串田和美(俳優・演出家)、吉田日出子(女優)がおりまして、養成所のやることとは別に仲間で教室で芝居をやっていたんですよ。それの延長線で、自分たちでも劇団を立ち上げて、やってゆけるんじゃないかと考えました。当時、東京オリンピックが始まったばかりで、六本木で高速道路や地下鉄を掘る仕事をしながらでしたけど。でも見通しは立たなくて、「もう3月だし、養成所も卒業なのにどうするんだ」とか言いながら、雨が降れば喫茶店でくだを巻いて……。でもやっぱり無理で、しょうがないからみんなそれぞれ好きなところを受けてみようということになって、解散。泣く泣く色んなところ受けましたよ。

 そしたら劇団雲だけ、ひとつ受かったんです。俳優座に入れればと思っていたんですが、受からりませんでした。ただ劇団雲は、先輩の高橋昌也さんが気に入ってくれて、それで入ったんです。これから研究生を育てていくということで、新宿の箪笥町にいい劇場を持っていました。福田恆存さんが上手く渡り歩いて、政治家から金を引き出して、財団法人の「現代演劇協会」を立ち上げました。アメリカ大使館の横に立派な建物のを作っていましたが、3~4年で辞めてしまいました。当時は、役者はどんどん(別の劇団に)移っていく、そんな時代だったんです。

 そこでまた、養成所のようなものを自分たちでやれないかと準備を進めていたら「勝手なことするな」と言われて、困っていたところに、俳優座養成所で一緒だった佐藤信さんに誘われて青芸という劇団(米倉斉加年、福田善之らが所属)に入りました。佐藤さんは青芸の演出部でしたね。同じく俳優座養成所の同期の清水紘治さんも一緒だったんですが、青芸が解散することになりまして。今度こそ劇団を作ろうということで、佐藤さん、清水さん、私で動いて、当時文学座だった串田和美さん、吉田日出子さんなどを口説きおとして、劇団自由劇場を立ち上げました。

●養成所時代に映像デビュー!
少年兵役で岡本喜八監督の『血と砂』にも出演


──映像の方のお仕事、テレビや映画などに出られるようになったのはいつ頃からですか?
 それはもっと前でして、養成所の2年生の頃かな、山本薩夫さん(『白い巨塔』で知られる映画監督)が山本プロダクションを設立されて……大映で色々お当てになって、その延長線上で自分のお仕事をされたいと。徳島で実際にあった冤罪事件があったんです。その事件を描く開高健の『片隅の迷路』が原作で、映画『証人の椅子』(1965年公開の大映作品)という作品でしたね。徳島のラジオ商が殺される事件で、小さな電気店だったんですが、そこに少年店員がふたりいて。その子たちがまだ17~18歳だったから、どんどん検察のでっち上げに乗せられてしまい、偽証しちゃうという話です。
──少年兵の役、高校生の役などが多いですが、実際にはその頃はお幾つだったんですか?
 『証人の椅子』に出たのは21か22歳ですね。
──では、それほど違ってなかったと。
 でも、その後『血と砂』(1965年公開の東宝作品)という岡本喜八さんの映画にすぐに出ました。養成所を卒業してすぐくらいですかね。22歳ですね。うん、それは少年兵、トランペット吹く係り。鼓笛隊の役でした。
──いかにも岡本監督という作品でした。
 いやー、これはいい映画でしたよね。
──戦争映画だけど体制にはアンチな集団で、しかも音楽が絡んでいる。
 戦争中にジャズやっているなんて、普通はありえないと思うんですけど、実際には少年鼓笛隊はあったんだとか。鼓笛隊とは言わなかったのかな。岡本さんも戦争を体験している人だから、ああいうパロディみたいな風にしかやっぱり描けなかったんじゃないでしょうか。僕も出演している『激動の昭和史 沖縄決戦』(71)だったり、『独立愚連隊』(59)シリーズとかもね。
──厭戦や反戦の気持ちを一度“エンターテインメント”に変換して、という形でお撮りになってましたよね。
 そうそう。でも岡本監督は西部劇が好きだから。ジョン・フォード監督作品とかね。だから中国の人をインディアンみたいに描くところもあったけど(笑)。ちょっと西部劇の真似ですよね。

●「黒ずくめで格好良かった」岡本監督の作品で、
俳優としての力を磨いた


──僕も岡本喜八さんのファンなので、ほとんどの映画を拝見しています。喜八さんはどういう監督だったんですか?
 岡本監督の作品には、30歳頃まで出演させていただいてましたが、当時から「岡本学校」みたいなものがあったんですよ。入れたら素敵だなと思ってたけれど、ただ演技が面白くてやってただけで、現場では意見なんて言ったりしませんでしたし…… 監督は黒ずくめで格好良かったですよ。言われるままにとは言いませんが、次はどんなことを(演出として)言ってくれるのかなと思いながら、ただガムシャラにやってました。
──凝った構図や細かいカット割が多い監督ですが、現場での指示というのはどういったものだったんですか?
 うーん、どうだったんだろうなぁ。お芝居はしっかり見ていらっしゃる監督だったけど、カットのコンテもしっかり書いてらっしゃったから、やっぱり形に嵌まらないと困るというのはあったと思います。でも、こっちは、やっててそんなことは意識していなかったですけどね。
──俳優さんも「喜八組」と言われたりして、毎回常連の方々が出演されていましたね。
 まあ東映にしたら東映の流儀があるだろうし、東宝にも東宝のそれがあったということですよ。でも、ほんのわずかです、2~3年間のことで。
──でも、岡本監督の撮影は、他と比べるとかなり違っていたんじゃないですか?
 どうなんでしょう? 村野鐵太郎監督(『月山』『男一匹ガキ大将』)とか……他の監督はあまり知らなかったので。山本(薩夫)監督の作品も1度出演しただけですし。これが映画界なんだとか、そういうことは分からなかったです。ただ岡本さんが監督をはじめた頃には、ちょうどテレビ局ができて、映画界もちょっとマズくなりそうだな、なんて言われている時でした。でも、裏磐梯の東北などでロケをやっている時には、毎日「祭りだ!」なんて言って大広間で酒飲んだりしてね。
──まだそういうことができる時代だったんですね。
 そうですね。

●童顔だったのはリチャード・ドレイファスも同じ?
出演ドラマには、村野武範も参加していた


──その後、TVドラマ『青春とはなんだ』(夏木陽介主演の学園ドラマ。1965年から66年にかけて日本テレビ系で放送)で、高校生の役を演じられていましたね。
 実際には高校生や中学生なんてテレビに出てませんでしたよ。大体は児童劇団上がりの青年部で、若くて18歳くらい、30歳近いのが高校生の役とかやってましたから(笑)。
──後ほどお話をうかがおうと思っているリチャード・ドレイファスも『アメリカン・グラフィティ』をやった頃にはもう結構な歳でしたからね(実際には26歳にもかかわらず、ドレイファスは高校を卒業したばかりの若者を演じていた)。
 はいはい(笑)。
──僕が初めて樋浦さんを拝見したのは『青春とはなんだ』のラグビー部のキャプテン役だったんですが、当時はかなりの人気番組でした。
 僕はそんな長くは出ていないんですけれど、その後シリーズ化されて、夏木陽介さんはずっとやってましたからね。それから次の竜雷太さん(『これが青春だ』『でっかい青春』)や村野武範さん(『飛び出せ!青春』)に引き継がれていって。
──同じ『ダイ・ハード』でブルース・ウィリスの声をアテた(フジテレビ「ゴールデン洋画劇場」版)村野さんも、そのシリーズの最後のほうの先生ですからね。そういうちょっとした因縁も面白いと思います(笑)。そうやってテレビでお顔を拝見していましたが、あるときから声のお仕事もされるようになりました。その最初のきっかけは何だったんでしょうか?
 あの頃は、顔出しをしている人を吹替えの世界に新しく入れたがっている感じもあったんです。だから寺田農さんとか、勝部演之さんとか、僕とか、いろんな新劇の若手に加えて、映画スターの神田隆さん(『金環蝕』、『不毛地帯』等に出演)など立派な俳優さんもいました。そういった時期に吹替えのオファーがあったんです。最初にやったのは『アメリカを震撼させた夜』(75)のオーソン・ウェルズ役(演じたのはポール・シェナー)の吹替でした。横内正さんがナレーションをやってましたね。そっちの方が主役みたいな感じでしたけど。
──声優ストライキ(1973年8月7日に決行された24時間の声優出演拒否ストライキ)もきっかけじゃなかったのか、というお話も以前に話されていたように思うのですが。
 でも僕が入ったのは、もう声優ストが終わって、業界の秩序ができかかってきた頃のように思います。ランクも良くなって「勝ち取った」とみんな言ってて元気だったような。あんまりちゃんと知っているわけじゃないんですけれども。

●そして挑んだ吹替の仕事──
顔出しの演技と吹替えることではなにが違うのか?


──テレビの洋画劇場も増えていた頃ですしね。初めて外国人の吹替をやられたのは、どんな役だったんですか?
 当時はね、外人ぽいとか、アメリカ人ぽいとか、黒人ぽいとか、そういうだけで選ばれていたものなんです。たぶん自分もそういったところから吹替えに入っていったと思うんですが、ただ僕は僕のやり方ということで、僕の存在を然る(適切であるように)という感じで、ずっとそうやって貫いています。
──最初から上手くできましたか?
 上手くやろうとは思わなかったですけれど、ただ声が今よりずっと出てましたし、口舌も回りますから、色んな役をやるのは面白いなと思う時もありました。ちょっと色んな声を出してみよう、なんて。ラジオではそういうのをやれたんです。ラジオの方が声の仕事は先でしたね。TBSでラジオ番組がありまして。水森亜土さんや劇団の御大なんかが来たりして。エロ話みたいなのをやったりとか。
──「ラジオマンガ」と銘打っていたシリーズでしょうか。ちょっとエッチな三銃士みたいな話とか、あれは大好きでした(笑)。
 声優という括りではないけれども、むしろ声の仕事はそこから始まっているのかな。だけど別に声優をやろうとか、俳優とは違う仕事だとは思っていなかったです。
──ただ、吹替えでは、他人のお芝居に声をアテているわけですよね。フィルム時代の映画では、ご自身の台詞のアフレコはなさっていたと思うのですが、それは撮影された自分のお芝居に自分の声を乗せるわけで……。
 「自分での演技と吹替では何が違いますか?」と訊かれるんですけれども、芝居の場合の俳優としてのスタンス、立ち位置とまったく変わらない。けれども、技術的ということになると、それはまったく似て非なるものだと思ってます。違うものだと。ただ、ラジオも含めて演じるときは、やっぱり己なんですよ。生で映りがある時もやはり同じです。ただしブルース・ウィリス本人に近づこうだとか、リチャード・ドレイファスに近づこうとかは思いません。その時の映画に出てくる人物に近づこうと思っています。
──海外の俳優も役を演じているわけですからね。
 もちろん、この人らしいなという動きや間の取り方もあるわけだけど、役としてその時は生きていますからね。やはり役を演じたい。この人はこういう設計図でこの役をやっているんだな、こうしたいんだな、というのを汲み取る。それが一番ですね。
──ただ樋浦さんの場合は、非常に演技派というか、個性的な俳優さんの声を担当してていらっしゃいますよね。ロバート・デ・ニーロであるとか、ジョー・ペシであるとか、ジョン・マルコヴィッチであるとか。
 私は至ってノーマルで普通ですよ。で、彼らがやってるのも普通なんですよ。特別変なことをやろうとは全然思わないです……まあ、マルコヴィッチってのは面白いよね。ちょっと変なことやったり。だから、ときには変な声出してもいいかなと思ってやってみる。だけど、それは「マルコヴィッチだから」じゃないんです。『コン・エアー』の役は面白かったな。

●読みやすいのはドレイファス、
読みづらいブルース・ウィリスは、実は名優


── 一番最初にフィックスみたいになったのはドレイファスでしたか?
 そうですね。でもフィックスとは言えないですよ。せいぜい10本かそこらですから。
──でも僕にはドレイファスは樋浦さんのイメージが強いです。
 あれはね、声の仕事を貰った時からホイっと近づけたんですよね。他のインタビューでも言ってたと思いますが、彼がやろうとすることの予測がつくというか……
──わりとしっくり、ドレイファスの次の動きが分かるとおっしゃってましたね。
 ええ、ええ。想像できたんです。
──逆に読み辛いというか、よく声を担当しているのに難しいという役者さんは誰ですか? 例えばデ・ニーロは、映画によって全然演技が違ってたりしますが。
 ウィリスもそうですよね。『こちらブルームーン探偵社』(米ABC制作のコメディタッチのミステリー。日本では1986年からNHKで放送)では荻島真一さんが声をやっていましたが、ウィリスは格好良く二枚目の役でしたが、実際はあの人は名優だと思うんですよ。ちょっと軽い感じも出すんですよ、アクションものとかでは。ずっと眺めてきて、「あ、これは名優だな」と思うようになりました。デ・ニーロの声をやることも多いんですが、デ・ニーロの方は自他共に名優だという感じが強すぎて……。
──ちょっと名優だと押し出している感じがしますよね。
 そうそう。だけどウィリスの方は、売れてるってことは押し出しているかもしれないけれど、実は演技も巧いんですよね。
──どんなところで感じられますか?
 やっぱり「外してない」ところかもしれないです。ただ今日の作品(『ダイ・ハード/ラスト・デイ』)はメチャクチャですからね(笑)。漫画になっても構わないし、全部1作目のパロディだと思えば納得なんですけれども、ビルから落っこちたら、そりゃとっくに死んでますから。『ダイ・ハード2』の時には翼からボンって落っこちたり。1作目の時は、まだ……ねえ。
──ギリギリまあ生きててもアリかなという感じがしましたよね(笑)。
 それが良かったんです。僕は『ダイ・ハード』の1作目は最高の映画だと思います。いわゆる芸術作品とかじゃないんだけれども、エンターテインメントとしてもいいし、そういうことを凌駕しているという点で1位になる映画じゃないのかなと思っているんですけれど(笑)。

●元祖マクレーン役が語る、野沢那智版、村野武範版マクレーンの印象は!?


──ブルース・ウィリスの吹替は『ダイ・ハード』が最初でしたか?
 そうです。機内上映版が最初でした。福永莞爾さんの演出で、劇場公開後すぐでしたね。まだ映画館で上映されていましたから。(練習用のビデオを)貰ってもよく分かんないから、映画館に観に行きましたよ。「凄い映画だ!」と思って、嬉々としてやれましたね。
──元祖マクレーンですね。
 『こちらブルームーン探偵社』の収録に、ゲストで声の出演をしたことがあるので、ウィリスという俳優のことは知ってたんですけどね(笑)。
──『ダイ・ハード』は大きく分けて、野沢那智さん(テレビ朝日「日曜洋画劇場」)、村野武範さん(フジテレビ「ゴールデン洋画劇場」)、樋浦さん(ソフト版)がウィリスをアテられています。
 三大マクレーンの俳優? いやいや、ただの日本語版の声の俳優なんですねけどね。でもテレビとは怖いもので、一度刷り込まれてしまうと、耳に入ってきたものが知っている声と違うと「違う、違う」ってことになっちゃうんですよね。子供のお客様はちゃんと観ないで、すぐにそうなりがちですね。僕は、僕の捉え方で(マクレーンを)最初から演じていました。しかも、はぐれデカという理解で。彼はニューヨーク警察署で、皆から尊敬されているような人物じゃないんですよ。離婚しかかってるし、もしかしたらチンピラをカツアゲてるかもしれないような。『ラスト・ボーイスカウト』(樋浦はソフト版でウィリス役を担当)ほどじゃないですけれど、そんな人だったんですよね。正義感に燃えてじゃなくて、仕方なくやっている。で、そこに妻がいてという、そういった人間の内面も面白かった。
──ストレートにお訊きしますが、野沢さんや村野さんの『ダイ・ハード』シリーズをご覧になったことは?
 観たことはあります。村野さんのものはあまり観てないかな。野沢那智さんのは、やっぱり気になって観たと思います。でもその程度で、追っかけてまで観てないです。ただ那智さんが素っ頓狂にパッと行けたのは、彼の才能ですよね。だからこそ、お客さんが彼の吹替版のファンになっているというのもあるんでしょうね。僕のやり方がいいか悪いかはお客さんが判断されることであり、「僕はこういうやり方だよ」ということかな。
──機内版の演出が福永さんで、ソフト版の演出は東新社の伊達康将さんだったんですよね。
 これは伊達さんが暴露していて、「福永さんがキャスティングした樋浦勉を、ソフト版でも使わせてもらった」と言ってましたよ(笑)。
※このインタビューの続きは、発売中の『『ダイ・ハード/ラスト・デイ<日本語吹替完全版>コレクターズ・ブルーレイBOX〔初回生産限定〕
商品内に封入されている「インタビュー集」でお楽しみください!
(2015年7月27日/於:東京テレビセンター/文:村上ひさし/協力:ACクリエイト、フィールドワークス)

※追記
 当日、ジャックの声を演じた野沢聡さんが、樋浦さんの収録を見学にいらっしゃいました。「うちの親父は樋浦さんのジョン・マクレーンを聞いてたんですよ。『俺にはこういう市井の労働者っぽいの出せないんだよなァ~』と熱心に研究してました」とおっしゃっていました。

樋浦 勉(ひうら べん)【プロフィール】

1943年1月25日生まれ、東京都出身。青年座所属。
映画・舞台・ドラマの出演、洋画・アニメのアテレコなどで幅広く活躍。洋画吹替では、ブルース・ウィリス、ジョン・マルコヴッチ、ロバート・デ・ニーロ、ゲーリー・ビジーなどを持ち役とする。俳優として、舞台『ヴェニスの商人』(2007)、『雪だるまの幻想』(2011)、TVドラマ「青春とはなんだ」(1965)、映画『証人の椅子』(1965)、『殺人狂時代』(1967)、『座頭市』(2003)、『龍三と七人の子分たち』(2015)など多数に出演。

解説&ストーリー

 1988年に誕生したブルース・ウィリス主演『ダイ・ハード』シリーズの第5作。12年ぶりのシリーズ作『ダイ・ハード4.0』から6年を経て、2013年に公開された作品だ。世界興収は約3億ドル、日本でも約21億円の大ヒットを記録した。音信不通だった息子ジャックの身柄が拘束されたことを知ったマクレーンがモスクワに渡り、爆破事件に巻き込まれたジャックとともに陰謀に挑む姿が、ダイナミック・アクションで描かれる。2015年発売の『ダイ・ハード/ラスト・デイ<日本語吹替完全版>コレクターズ・ブルーレイBOX』最大のポイントは、前作までのソフト版でブルース・ウィリス役を務めてきた樋浦勉による日本語吹替音声が、新たに収録されたこと。別オープニング&別エンディングが話題となった「最強無敵ロング・バージョン」本編も同時収録。4時間以上の特典映像、復刻版吹替台本(縮刷版)、インタビュー集(樋浦勉、演出家・中野洋志)も見逃せないファン必携BOXだ。

吹替のポイント

 これまでは、中村秀利がブルース・ウィリス役を務めた「劇場公開版」の吹替音声しか存在しなかったのが、『ダイ・ハード/ラスト・デイ』。本BOXの商品化にあたり、前作までのソフト版でウィリスを担当してきた樋浦勉バージョンが、新たに録音されたことに注目だ。“3大マクレーン俳優”(樋浦、野沢那智、村野武範)の中で最も好きと語るファンも多い樋浦版マクレーンの活躍を楽しみたい。樋浦以外のキャストは「劇場公開版」と共通。ジェイ・コートニー扮する息子ジャック役には、野沢那智の実子である野沢聡がキャスティング。「機動戦士ガンダムSEED」「仮面ライダー電王」の人気声優、関俊彦が敵対組織の手下アリク役を担当している。ちなみに中村秀利は、野沢那智の愛弟子であり、『エクスペンダブルズ』『LOOPER/ルーパー』などでもウィリス役を演じた。

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