

──それでは、今度は池田さんご自身のことをお聞きしたいと思います。児童劇団に入られていたことが、声のお仕事をされるきっかけだったとか
児童劇団から大人の劇団に移って芝居をやっていまして、あの当時の役者はみんなそうだったんですけど、舞台だけでは生活ができなくて、ラジオや映画のお仕事の中に“吹替”があったんですよね。私たちの頃は「声優」という言葉すらなかったですし、むしろ声の仕事というのははるか下に見られていて、かなり虐げられていた時代がありましたね(苦笑)。私は元々引っ込み思案で、自分自身が人前に出るなんて全然得意じゃなくて…ですから、声だけで表現するって世界が私にはすごく合ってたんです。
ラジオドラマはもちろん、洋画の吹替も大好きで、本当に一生懸命やってたんです。ところが、ある時スタジオドラマに出ていた際にプロデューサーに呼ばれて、「お前さんね、吹替の仕事ばっかり力入れてやってちゃダメだ。吹替なんて所詮“裏街道”じゃないか。女優だったらちゃんと“表街道”歩け」ってお説教されたんです。私はその時はもう声のお仕事がすごく好きになってましたから、すごくカチンときて(笑)、「“裏街道”で結構じゃない!」って、裏街道に力を注ごう!って、気持ちの上でスイッチが切り替わりましたね。スタジオドラマでいい役が来ないとか、女優に向いてないんじゃないかとか悩んでたのが、全部その一言で吹っ切れて。「はい、もう結構結構、私は“裏街道”で結構です!」って(笑)。
吹替というお仕事が日本に入ってきたということが、私にとってはすごく幸せだったんですよね。

──テレビが洋画の放送に日本語の吹替を採用したというのは、大きなことでしたよね
テレビの吹替放送を観たお年寄りが「最近の外人さんは日本語が上手くなったね」っていう笑い話が残っていますけど、あの当時は(吹替ならではの)「やったー!」って思えることが多かったんです。関わる人がみんな慣れていなくて、台本も直訳みたいだったんですね。ですから、いかに不自然じゃない日本語で喋れるかが当初の最大目標。スタジオでみんなで「どうしても合わない」「これは不自然だ」というところがあると、演出家もキャストも一緒になって考えて「こうやったらいいんじゃない?」って。当時のスタジオには、そういう一体感がありましたね。負けてたまるかって一体感というか、すごく活気がありました。もちろん、途中でそこだけ録り直しなんてできませんから、その緊張感たるや大変なもので…。
──当時に比べると“裏街道”がすっかり“表舞台”になってしまいましたが
そうですね、ええ~ってひたすら驚きですよね。みんなアイドルみたいになっちゃって。
それはそれでいいと思うんです。いつまでも私が『昼下りの情事』をやっていては、いけないんです。若い人がいい作品をやらなくちゃいけないわけですから、どんどん育ってきてほしいんですけど…彼らを囲む環境が、私たちの頃とは違うのかなという気もしていて。(部分的な録り直しや多重録音が簡単になった技術的な進歩もあって)とちってはいけない、間違ってはいけないっていう、変なプレッシャーや緊張がない部分はとってもありがたいことなのですけど…もう一方で、役者として持っていなければいけない緊張感や持続性、物語の流れを自分で掴むということも、やらないでも済んじゃっているのかなと。
──ライブ感覚が失われたというか…寂しいですね
ええ、寂しいですね…。スタジオの中での一体感や役者の熱というものって、言葉や形にはなっていないんですけど、画面からは、絶対出てる! って私はずっと信じてるんです。だから、ただ時間の中で無難に収録してしまった作品からは、感動は生まれないんじゃないかなという気がして。下手とか上手いとかじゃなくて、とにかくその作品が好きで、愛があったり熱があったり…そういう風にしてできた作品は、観ていて面白いはずだと思うんです。
──池田さんをはじめ、吹替を愛するファンの想いはまさにその点にあると思います
舞台もそうですけど、<お客様が役者を育てる>ってあるじゃないですか。観ている方がちゃんと観ててくだされば、きっといいものを作るようになっていくはずだって思うんですよね。そういうファンの皆さんが増えてくださるといいなって。一流のスタッフとチャーミングな出演者が時間と手間をかけて作った世界を、ひと時現実を忘れて一緒に楽しんでいただけたら、すごく幸せだなと思います。

──ちなみに…今後やってみたい女優さんはいらっしゃいますか?
特別新しく、という方はいないのですが、メリル・ストリープを過去に何本かやっていて、今の彼女の…ミュージカルじゃない(笑)、シリアスな作品をやってみたいなと思っています。オードリーとは全然違うタイプの女優さんなのですが、すごく好きなんです。彼女もものすごく演技が上手な方で、声をアテていて難しいんですけど、面白いし。
オードリーは、ずっと作品を選んでやってらっしゃったんですね。御年を召してから、彼女が持っている美しさや可愛らしさじゃない部分で勝負するときに、どういう映画を選んでどういう役をやるんだろうか…というのがすごく楽しみだったんです。できるなら、私はそれをやってみたいというのが夢だったんですけど、それが叶わないまま彼女は亡くなってしまって。
メリル・ストリープは本当に色んな役をやっていて、やるたびに違って見えるんですよね。どこからどこまでがセリフで、どこからがアドリブなんだろうって驚くんです。最初笑ってたのに、その中で高揚して最後は泣いちゃうとか、本当に自然ですごく上手な方なんです。できれば、これからもいくつかやりたいなあって思っています。
2009年7月16日/於 プロセンスタジオ/聞き手・文:村上 健一