
映画史に燦然と輝く
ミュージカルの最高峰、
ついにブルーレイ化!
豪華アーティスト競演のトリビュートCD
(全8曲収録・非売品)
MGXE-15930
商品価格 ¥6,648(税込¥6,980)
1961年製作
152min(本編)
COLOR
片面2層(50GB)
MPEG-4 AVC
HDワイドスクリーン 1920×1080p
シネマスコープ
〈収録特典〉
●スティーブン・ソンドハイム(作詞)による楽曲解説
●ミュージック・ボックス(※本編にブランチング)
●ダンス・シーンの舞台裏
※全てブルーレイのみの収録特典
※本商品はアメリカで発売中のブルーレイとは
異なるマスターを使用しております。
※数量限定生産につき、無くなり次第終了となります。
※日本語吹替音声は、現存するテレビ放送当時のものを
収録しております。そのため一部吹替の音源がない部分は
オリジナル音声(字幕スーパー付)となっております。
ニューヨークのダウン・タウン、ウエスト・サイド。移民の多いこの街では、二つのグループが何かにつけ対立していた。リフをリーダーとするヨーロッパ系移民のジェット団と、ベルナルドが率いるプエルトリコ移民のシャーク団だ。ある日、ベルナルドの妹・マリアはシャーク団のメンバーに連れられて初めてのダンスパーティに出かける。マリアはそこで一人の青年に心を奪われる。しかし、それは許されない恋だった。彼の名はトニー、対立するジェット団の元リーダーだった……。
製作・監督:ロバート・ワイズ/製作:ジェローム・ロビンス
音楽:レナード・バーンスタイン
マリア…ナタリー・ウッド(堀江美都子)/トニー…リチャード・ベイマー(大塚芳忠)/リフ…ラス・タンブリン(塩沢兼人)/ベルナルド…ジョージ・チャキリス(山寺宏一)/アニタ…リタ・モレノ(佐々木優子)
『ウエスト・サイド物語』ほど、強烈な印象を与えた作品は滅多にありません。まさに他にはない衝撃1作でした。そこで、1億回は観たであろう我々が思ったのは、ニューヨークのコンクリート敷きの通りでダンスをして、体を痛めなかったのか?ということでした。あれ以降、同じような作品は観たことがありませんからね。
ジョージ・チャキリスセメントの上でダンスをしたことで何かトラブルがあった記憶はないよ。まったく気にならなかったね。とはいえ、良くないだろうとは思っていたよ。でも、怪我もしなかったから、大丈夫だったんだろうね。脚を骨折するハメにはならなかったよ。
インタビュアージェローム・ロビンスはかなり厳しい振付師でしたね。身体能力が向上した今日でも、彼のような厳格な振付師と仕事をするのは大変だと思うのですが、一体、彼はどんな人だったのですか?
ジェローム・ロビンスのことなら語りつくせないよ。確かに一緒に仕事をするには大変な人だったと言われているが、私個人としてはそうは感じなかった。彼が振付を担当したロンドンの舞台にも出演したがね。ジェリーとの仕事は驚きの連続さ。まさに目を見張る思いの連続だったね。彼は何によりもまず先に、自分自身に対して完璧主義者だったのだと思うよ。それに彼は同じような志を持つ人たちのことを良く理解していたのではないかな。彼がそれを口にしたことはなかったけれど、いつも――毎朝、リハーサル前に我々はストレッチをしていてね。リハーサル前にウォームアップして、それから短いコーヒーブレイクがあったんだ。そのうちにジェリーがとても静かにリハーサルホールにやって来る。とても静かなのに、部屋の中はまるで電気が走ったような感じがしたものだ。まったく違うエネルギーだったよ。ジェロームと仕事をしたことのある人の多くが、きっと彼について似たようなことを言うはずだ。それに我々は、あの天才的な創意の持ち主であるジェリーに永遠に感謝するべきだと思っているよ。彼は本当に天才という言葉がふさわしい人だったからね。というのも、舞台と映画というジャンルだけでも逸材が大勢いる。そして、その人たちすべてが途方もない才能の持ち主たちだ。ロバート・ワイズなどもそうだ。でも、私には、ジェロームの振り付けと存在感――彼の存在自体が、全員をさらに高いレベルへと導いてくれたと思えるんだ。ところで、1962年にリタと共にオスカーを獲得した時は、あまりにも圧倒されてしまって、誰にも謝意を述べることができなかったんだ。でも、ここ数年の間に考えているうちに、私が本当に感謝の意を伝えるべき相手はジェリーひとりだと思ったんだよ。なにしろロンドン・カンパニーでのリフ役に私をキャスティングしてくれたのは彼だったのだからね。そう、私が演じていたのはベルナルドではなく、別の役だったんだよ。しかもウォルター・ミリッシュに聞いたところによると、この映画に僕をキャスティングしてくれたのも彼だったそうだ。 だから私はジェロームに借りだらけなんだよ。とにかく、彼と一緒に仕事をするのも、彼のそばにいるのも、素晴らしい体験だったよ。個人的に親しい間柄になることはなかったけれどね。それについては申し訳ない気持ちがしているんだ。ジェロームは、素晴らしいユーモアの持ち主だったから、もっと仲良くなりたかったよ。
インタビュアージョージ、キャスト全員がついに一堂に会して撮影した最初のシーンのことは記憶に残っていますか? つまり、さまざまな才能がひとつに集結した時のことを覚えていらっしゃるでしょうか? どんな感じでしたか?
ジョージ・チャキリスそれは、撮影初日ということかい? それでいいのかな? プロローグはニューヨークで撮影したんだ。あれが撮影の幕開けだった。確か最初に撮影したのは――そう、最高でね――幸運にも、私が拳をぶつけるシーンの撮影だった――あれが最初だったと思うね。でも、違っているかもしれない。でも、とにかく私が最初に撮影したのはそれだった、ということだ。私はそう記憶しているよ。ジェロームの存在感をひしひしと感じてね、とにかく彼の期待に応えたい、という一心だったことを覚えているよ。
インタビュアー当時からこれは最高の作品になる。大いに楽しもうという気概がある人たちが集まった作品でしたね。それが、結果的にアカデミー賞を10部門受賞し、そのうちのひとつはあなたの手元に渡りました。そして、今回、『ウエスト・サイド物語』は、ブルーレイで新たにリリースされることが決まりました。この作品は、アメリカの文化遺産ともいえる作品になりましたが、映画を作っている当時は、そんなことは想像していたのでしょうか?
ジョージ・チャキリスいいや、そんなことは誰の頭にも思い浮かばなかったよ。我々は――心から自分のしていることが好きだったんだ。そして、全員が自分たちは特別な作品を作っていると感じていたと思うよ。口に出したりはしなかったがね。そんなことをかなり自覚していた、というだけさ。自分たちの作品に打ち込んでいたし、ジェリーとボブとの仕事を心から愛していたからね。今思えば、当時は無意識の中にも、自分たちが本物のクオリティと内容のある作品を作っているという思いは抱いていたんじゃないかな。それにすごい作品になるともね。ある日の撮影の休憩時間の時のことは、今でも記憶しているよ。スタジオの外の路地に休憩に行ったら、おそらくオフィスから出てきたと思われるスーツ姿のふたりの男性がいてね。スーツとネクタイの人たちだよ。彼らの会話が耳に入ってきたんだ。大体、こんなことを話していたよ。ひとりが「それで、どうだって?」と尋ねていたんだよ。すると相手のほうが「おそらく、芸術的な成功はするんじゃないかな」と話していたんだ。でも、ふたりとも商業的な成功についてはまだ予想できないでいる感じだったね。とにかく、彼らでさえも、何かいいことが起こる予感を感じていたのさ。あと、ダンスホールのシーンを撮影していた時に、この映画の噂が広まっていることも耳にしたよ。つまり、いろいろな人たちが僕らのエネルギーに何かを感じていたんだよ。その頃の私たちの間には、とてもワイルドで、すごいエネルギーと思いやりと楽しさが溢れていたからね。それと同時に、深い不安も抱いていたんだ。とにかく熱気に包まれていたのは確かと思うよ。
インタビュアー今日の考え方からいくと、この映画は非常にリスキーな試みだったと思うのです。移民の物語であり、いくらロマンチックな内容とはいえ、ギャングの要素が加わっています。トニーとマリアという薄幸なふたりのラブストーリーです。しかもミュージカルでもありました。現在の標準からいっても、この要素で映画化に踏み切るのは難しい。おそらく今のカルチャーだったら、この映画は作られることはなかったと思います。
ジョージ・チャキリスそうだね、君の意見は正しいと思うよ。当時でさえ、大変なチャレンジだったんだよ。この舞台発案し、演出、振り付けしたのはジェロームだった。だからジェリーのアイデアだったんだ。ジェリーにアイデアを提供したのはモンゴメリー・クリフだった、という話も耳にしたことはあるがね。本当のところがどうなのかは、私も知らないよ。そうであっても不思議ではないけれどね。とにかく肝心なのは、舞台を演出、振り付け、発案したのはジェローム・ロビンスだったという点さ。もちろん、アーサー・ローレンツの素晴らしい原作はあるよ。それにレナード・バーンスタインの見事な音楽もある。だから私が『ウエスト・サイド物語』を観ていつも思うのは、音楽のことであり、ジェロームの振り付け、ナタリー、ラス、リタのパフォーマンスのことなんだ。それらにすっかり魅了されてしまう。それにナタリーの最初のアップの映像を観ただけで、もう心を奪われてしまうんだよ。ナタリーはとても綺麗だ。まさにマリア役にピッタリだったね。舞台では他の女優が演じるマリアを観てきたよ。でも、一度も――誰に、もしくはどの劇団に演出された若い女優であっても――ナタリー以上の演技を観たことがない。失礼かもしれないね。でも、私のつつましやかながらも独断的な意見ではあるが、ナタリーのパフォーマンスが一番だと思っているよ。彼女は――とにかく完璧で美しかった。それに――毎回、この映画を観るたびに、新しい発見があるんだ――彼女の芸の細かさを発見するんだよ。ナタリーは才能のある若手――当時23歳の若手女優だった。そして特別な若手のひとりだったんだ。私はいつも彼女とオードリー・ヘプバーンを並べるんだよ。というのも、オードリー・ヘプバーンというのは、彼女はどんな映画に出ていても、その素晴らしい個性が滲み出ている女優だからね。つまりそれは、彼女がオードリー・ヘプバーンだったということさ。それと同じことをナタリーにも感じているんだよ。『ウエスト・サイド物語』でも、他の作品でもナタリーはナタリーだ。『ウエスト・サイド物語』には、ナタリーの個性がかなり出ている――もちろん役者にはそれぞれに個性があるよね。でも、その個性が美しくて、ある意味でとても豊かなものであれば、その個性と言うのは、その人にとっての付加価値になる。つまり、ナタリーのパフォーマンスが美しくて、独特なのはそのせいなんだ。彼女は才能と真のプロ意識だけでなく、特別な個性をこの作品にもたらしてくれたんだ。私が美しいと思っているのは、そこなんだよ。
インタビュアー今でも世界のどこかの舞台で、「マリア」を歌っている青年がいるのでしょうね。そして、輝く瞳をした少女が「トゥナイト」を歌っている。「アメリカ」をさまざまにアレンジして心の叫びを歌いあげ、踊っていることでしょう。この音楽を最初に歌い、踊り、演じたひとりとして、あなたには経験者としての知識があると思います。バーンスタインの音楽をフルスコアで聴いた時はどんな感じだったのでしょう?
ジョージ・チャキリス音楽を聴いた時のことで覚えているのは――ロンドンで、オーケストラがリハーサルで演奏しているときに聴いたのが、最初だったということだね。あれは感動的だった。ハリウッド・ボウルの時、そしてリンカーン・センターでニューヨークオーケストラをデヴィッド・ニューマンが指揮をしたのを聴いている気分だったよ。録音ではない生演奏だったからね。もちろん、録音した音楽も最高に素晴らしかった。でも生演奏、そしてリハーサルで耳にした音楽は、それまでピアノ演奏だけを聴いていたのが、突然フルオーケストラになったのだから、まるで命が宿ったみたいだった。圧倒されたね。鳥肌が立ったよ。今でも鳥肌が立つよ。とにかくスリリングだった。
インタビュアー60年代だったと思うのですが、リバイバル上映か何かの折に予告編が公開されました。そして、いつの時代にもその新鮮さを輝かせる名作の素晴らしさを訴えていました。『ウエスト・サイド物語』は、決して古くならない作品です。いつまでも新鮮な作品ですね。この作品が、いつ、誰が、どんなフォーマットで観ても、色褪せない若々しさを残している秘訣は何だと思いますか?
ジョージ・チャキリスこの映画の若さの秘訣かい。それは、まずこれが若者の物語だからだと思うね。それがこの作品の若さの秘訣だ。そして誰もが共感できる理由は、「誰にでも若い時があったから」だろうね。今は若くなくとも、青春はあったわけだから。それが『ウエスト・サイド物語』のストーリーの豊かさと美点なんだ。何しろ、「ロミオとジュリエット」的なストーリーなのだから。あとは、この映画が現在にも通じる部分があるからだ。偏見。プエルトリコ系やその他の移民への偏見などがね。そうした偏見はいつの世も常に付きまとっていて、今後もそれは絶えることがないからさ。その点でもこの物語に共感できるのさ。騒ぎの後でナタリー(マリア)が言ったセリフには、私も共感しているよ。 それに彼女とトニー――ナタリー(マリア)の寝室での彼女とリチャード・ベイマー(トニー)のシーンもね。ナタリー(マリア)がトニーに言う、「それは私たちじゃない。私たちの周りのこと」というセリフは「何て素晴らしいセリフだ」と思ったよ。というのも、これは今でもまさに通用するセリフだからだ。こんな風にしたのは私ではなく、彼らなのだ、ということなのさ。『ウエスト・サイド物語』には、いろんな風に心に響いてくる、様々な側
インタビュアー若さゆえの苦悩ということでしょうね。これは普遍的で、時代に左右されないことです。
ジョージ・チャキリス『ウエスト・サイド物語』には別の側面もあるんだ。ジェッツ――彼らは不良だ。彼らには両親がいない。彼らにとっては人生もギャングそのもので、仲間同士で家族のような結びつきを持っている。それに自分たちの個性に合わせた名前も持っている。リフ――他の名前まで思い出せないけれどね。今でもプエルトリコ人は家族の結びつきが強い人たちなんだよ。彼らには家族のような仲間がいる。ベルナルドを例に挙げよう。彼には世話が必要な妹がいる。それにリタ・モレノ演じるアニタとも話をする。アニタはアメリカに来ることについて話をするんだ。ベルナルドは彼の両親の話をするアニタに対してこう言うんだ。「あの人たちはマリアのようにはこの国をわかっていない」とね。ジェッツは――ギャングが家族同然で、シャークスにとってプエルトリコ人は家族そのものなんだよ。しかもそのふたつには面白い違いがある。ジェッツは縄張りが彼らの家なんだ。彼らのものなんだ。一方で、シャークスはより良い人生を求めている。そしてそんな彼らを排除したい人たちに押さえつけられているんだ。そうした要素すべてに、どういう風であれ、今の我々でも共感ができるのだろうね。
インタビュアーまさに、今起こっていることですものね。この西ロサンゼルスにも当てはめることができますね。
ジョージ・チャキリスそう、多くの意味でね。その通りだ。
インタビュアー個人的ではありますが、私はアニタのような女性にはどう接していいのかわからない、という意味でもとても興味を持ちました。アニタはまさに「言いたいことは言う強い女性」ですから。そこで、ぜひアニタを演じたリタ・モレノについてもお聞きしないといけません――というのも、明らかにあなたとリタはこの作品で実に重要な役割を果たしているキャラクターを演じていますからね。つまり、ナタリー(マリア)とリチャード・ベイマー(トニー)が素晴らしい演技を披露したのと同じように、我々はベルナルドとアニタにも憧れたのです。
ジョージ・チャキリスいい、嬉しいね! そんなことを言ってくれるとは光栄だよ。
インタビュアーというのも、私もラテン文化の中で育ったからなんです。私の両親はメキシコ人なのです。ですから、(違う文化を描いたこの映画は)自分たちの姿を見ているようでした。
ジョージ・チャキリスなるほど。
インタビュアー背景が同じなのです。ですから、この映画は我々がまず観るべき作品のひとつだと思ったのです。ということで、アニタと過ごした数カ月はどんな感じでしたか?
ジョージ・チャキリスそんな風(アニタが強い女性だという風)に思ったことがなかったから面白いね。思ってもみない発想だったよ。まず私はこの舞台に1年半の間出演していたから、すっかりキャラクターたちにも慣れてしまっていたんだ。元々ロンドンの舞台ではチータ・リヴェラがアニタを演じていたし、彼女も素晴らしい女優だったね。あと、個人的には昔から『ウエスト・サイド物語』で最高の役は――アニタだと思っていたんだよ。アニタが一番おいしい役だった。アニタにはいろんな側面が用意されていたからね。アニタは感情も色合いも様々だった。リタとは共演したことで、最高の友人になることができたよ。共に笑い、共に演じ、彼女の料理の腕は最高だった。だから役を離れたところではとてもいい関係だっただけに、そんな風に思ったことはなかったよ。ところで、ベルナルドはアニタの心を握っていたんだ。そこで、今でも印象に残っているセリフがあるんだ。「アメリカ」の前のシーンの気取った会話だよ。ベルナルドとアニタが会話を交わして、彼女が「それってスピック(スペイン系アメリカ人)の言うことね」と言うんだ。僕は彼女を見ながら「可愛くないぞ」と言い返しすんだ。だから彼女がたとえあけすけな女性であったとしても、私はそんな風に感じたことはなかったね。彼女のセリフの中に好きなものがいくつかあったよ。「ああ、あなたの兄弟ね、騒ぎの後だけど。う~ん。とても――とても元気そうだったわよ」、というのが確かアニタのセリフにあったと思うんだ。ところで話は違うのだけれど、リタ・モレノは今、バークレーで「Life Without Makeup」という一人芝居をやっているんだ。それで私は彼女に開演祝いを贈ってね。ナタリー(マリア)の前にトニーが不意に現れる前にも、彼女は「う~ん」と言っていたシーンがあるんだ。それは、何を着ようか考えているときのセリフのことだ。彼女は「う~ん」と言う。そして黒蘭の香水のことを考えながら、「騒ぎの後でもあなたの兄弟は元気そうだった」と言った後、その香水に決めるんだ。そして、今、トム・フォードがブラック・オーキッド(黒蘭)という名のフレグランスを出しているんだよ。だから私はそれをリタの開演祝いにプレゼントしたんだ。とにかく、リタは最高の女神だった。『ウエスト・サイド物語』の彼女は素晴らしく、そして美しかったよ。それにパワフルだった。ドラッグストアにやって来たアニタが襲われそうになるシーンで「触らないでちょうだい」と言ったセリフの裏にも、すごいパワーあったね。リタとの共演、そしてアニタというキャラクターについても、私は台本に書かれている以上のことをやる必要はないと感じていたよ。だからベルナルドを演じていて彼女の演じたアニタに圧倒されたことはなかったね。君が言ったようなことは考えてもみなかったよ。
インタビュアー本作のように、とてつもないインパクトのある作品に出演するというのは、幸運でもある一方で、呪いにもなると思います。『ウエスト・サイド物語』に対して、愛情を持っていらっしゃいますか? それとも少し違う感情をお持ちですか? この作品に対して、何か違う意味で思うところなどはありませんか?
ジョージ・チャキリスいいや、昔からこの作品に対する思いは変わっていないよ――違う考え方になるのも理解はできるし、当時では考えてもいなかった思いを抱くことがあっても不思議じゃないだろうね。でも、間違いなく我々にとって、この作品は最高の機会だったんだ。自分たちのやっていることを心から愛していたよ。そして、この映画に参加できたことをとても幸運に感じている。先ほども言ったけれど――ジェローム・ロビンスには生涯感謝をしているよ。あの作品がなければ、私はこうしていないだろうからね。これはすべてにおいて、とても感動的で、素晴らしい作品だった。関係者全員がこの映画で一体となっていた――フィルムメーカーたちがね。ジェローム、ロバート・ワイズ、ミリッシュ・カンパニーの面々、それに脚本は書かなかったが、アーサー・ローレンツもね。脚本を書いたのはアーネスト・レーマンだ。素晴らしい脚本だったよ。彼がアカデミー賞を受賞するのを心から祈っていたんだ。彼が受け取るべきだったからね。それに、ジェロームとレナード・バーンスタインもだ。とにかく驚くほどスリリングで感動的な映画さ。実はそんなに何度も観ているわけではないのだが、観る時にはいつも夢中になってしまうよ。この作品とは無関係の赤の他人になった気分で観てしまうんだ。そうやってこの映画の美点やジェリーの振り付けやバーンスタインの音楽、ロバート・ワイズの編集を楽しんでいるんだ。この映画は楽しめる要素がとてもたくさんある――最高の映画だ。とにかくその一言に尽きるよ。
インタビュアーこうしてお話をお聞かせ下さり、とても嬉しいです。あなたのおかげで、また多くの人が楽しめるような貴重なお話を伺うことができました。感謝します。ありがとうございました。
ジョージ・チャキリスこちらこそ、ありがとう。